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杉原千畝氏、生誕100年での「名誉回復」(10月10日)
河野外相、遺族に謝罪。外交資料館に顕彰プレート

 
顕彰プレートの序幕を行う河野外務大臣(右)と杉原幸子夫人(左)
 

 
 
「顕彰プレート」設置に感無量の幸子夫人
 

 第二次世界大戦中、多くのユダヤ難民をナチスドイツの迫害から救った杉原千畝・元リトアニア領事代理の「名誉回復」が、生誕100年の本年に実現した。
 リトアニアとの国交回復記念日である10月10日、外交資料館で「杉原千畝氏顕彰プレート除幕式」が行われ、多くのマスコミ関係者が駆けつけ、話題を呼んだ。
 式典には杉原幸子夫人をはじめ、赤塚新吾・八百津町長、明石康・生誕100年記念事業委員会委員長、カマイティス・リトアニア駐日臨時代理大使、在日ユダヤ人など50名近くの関係者が招待された。除幕式は顕彰プレートとビザや公電など関係資料が展示され、1947年6月の杉原氏退職後、50年以上を経ての外務省による「名誉回復」の場となった。
 河野外務大臣は「これまでいろいろご無礼があった。外務省とご家族との間に杉原氏の名誉にかかわることで意思疎通が欠けていた点を、外務大臣として心からお詫びしたい」と語り、初めて正式に謝罪した。また、杉原千畝氏を「極限的な局面において人道的かつ勇気ある判断をした素晴らしい先輩だ」と称え、「日本外交の足跡として後世に伝えたい」と強調した。
 杉原幸子夫人は「主人が生きているときにできれば良かったが、これで胸のつかえが降りた。河野外務大臣には感謝したい」と語った。
 杉原千畝氏への外務省の扱いは戦後を通じて冷たく、「名誉回復」を求める声が生誕100年を機に国内外から上がっていた。とくに人道的行為に対する外務省の姿勢は、日本の人権外交の試金石として世界から鋭く問われていた。杉原氏の功績を宣伝・啓発し、21世紀の世界と日本に語り継いでいくことが求められている。

外交資料館
 外務省外交資料館は1971年開館。幕末から第二次世界大戦終結までの条約書、国書・親書、外務省記録を収める唯一の資料館。杉原千畝顕彰プレートと関連資料は一回ロビーに常設展示されている。